東雲の地域・マンション紹介

 

東雲地区の埋め立て開始は大正末期、関東大震災後の瓦礫処理に遡る。「豊洲5丁目東南地先埋立」という名も無き埋立地は、公募により東雲と名付けられた。その後、この土地は工業と倉庫の地区としての利用が進むことになり、日本の高度成長期を都心の間近で支えることになる。Googleマップで1990年の航空写真を見るとこの一帯が工業地区だったことがわかる。

バブルの崩壊、整理と共に、住宅は郊外から都心回帰の流れになった。都心に近い場所に工業用地を確保し続ける経済合理性が無くなり、東雲地区の北側も住宅用地としての開発が始まる。有楽町線辰巳駅にほど近い場所に大工場を構えていた三菱製鋼跡地一体は「東雲キャナルコート」として官民の住宅プロジェクトとなった。

東雲は東京都心の住職接近の「住」の部分を担当している。「職」に近いだけではなく、「遊・楽」にも近い。東雲キャナルコートは「都心独特の高度なサービスや利便性にとんだ環境を満喫する都心居住」という思想に基づき、キャナルコート中側には名建築家による賃貸住宅が、そして運河側には分譲タワーマンションが計画的に立ち並ぶことになった。

湾岸マンション図鑑で取り上げているマンション:

マンション購入を真剣に考えるブログで取り上げたことのあるマンション(含辰巳エリア):